私たち株式会社クラウドマーケティングは、事業を通じて得た利益の一部を、社会のために役立てていくことを大切にしています。
利益を出し続けることそのものが、私たちのゴールではありません。稼いだお金を何に使い、どんな未来をつくっていくのか。そこにこそ、一つの企業として、そして一人の人間としての真価が問われるのだと私は考えています。

事業で得た果実を自分たちの内側だけにとどめるのではなく、社会へと循環させていく。その循環のなかでこそ、企業は社会から存在を許され、長く必要とされ続けるのだと思うのです。
では、その大切な果実を、どこへ、誰のために届けるべきなのか。私はずっと、自分なりの答えを探し続けてきました。そして、そうした思いを巡らせるなかで、以前から心のどこかで気にかけていたのが、インドという国でした。
なぜ、インドだったのか
近年のインドは目覚ましい経済成長を遂げ、世界中から大きな注目を集めています。豊富な人口と若い労働力を背景に、IT産業を中心として優秀な人材を次々と輩出し、いまや世界経済を牽引する存在のひとつとなりました。

投資の世界に身を置く私にとって、インドは将来を語るうえで決して避けて通れない、大きな可能性を秘めた国です。
しかし、その華やかな成長の光が強ければ強いほど、影もまた濃くなります。経済発展の陰には、いまなお経済的な理由で十分な教育を受けられない子どもたちが、数多く存在しているのです。
制度の上では、かつてのような身分による差別はなくなったとされています。けれども現実には、生まれ育った家庭の経済状況によって、学べる子と学べない子のあいだに、依然として大きな格差が生まれています。
学びたいという意欲があっても、その入り口にすら立つことができない子どもたちがいる。本人の資質や努力とはまったく無関係なところで、人生の選択肢が最初から狭められてしまう。その事実は、私の胸にずっと小さな棘のように残っていました。
国全体が豊かになっていく一方で、その豊かさの恩恵が届かない場所がある。成長の数字の裏側で、置き去りにされてしまう子どもたちがいる。経済の明るいニュースに触れるたびに、私はその「届かない場所」のことを思わずにはいられなかったのです。
一人の日本人との出会い

そんな折、私はインドの子どもたちの教育を支援している、ある日本人の団体の存在を知りました。
遠く離れた異国の地で、現地の子どもたちのために学びの場を守り続けている日本人がいる。言葉も文化も気候もまるで違う土地で、見返りを求めるわけでもなく、ただ目の前の子どもたちのために力を尽くしている人たちがいる。その活動を知ったとき、私は強く心を動かされました。
同時に、こうも思ったのです。話を聞いて感心しているだけでは、何も始まらない。本当に支援するに値する活動なのか、自分の目で確かめなければ、誠実とは言えない、と。
「まずは自分の足で現地に立ち、自分の目で確かめたい」
そう思い立った私は、その学校を見学するために、実際にインドへと向かったのです。
屋根のない教室
現地を訪れて、私は言葉を失いました。
そこにあったのは、屋根のない教室でした。日差しを遮るものは何もなく、四方を囲む壁さえ満足にありません。もちろん、エアコンなどあろうはずもありません。気温はおよそ四十度。
日本であれば、熱中症警戒アラートが発令され、不要な外出さえ控えるよう呼びかけられるような環境です。立っているだけで汗が噴き出し、息をするのもためらわれるほどの暑さでした。

その炎天下で、子どもたちは一冊の教科書を食い入るように見つめ、一文字、また一文字と、懸命に文字の読み書きを学んでいました。
照りつける太陽の下、額に汗を光らせながら、それでも目を輝かせて学ぶ。鉛筆を握る小さな手も、文字を追う真剣なまなざしも、すべてが「学べることそのものが嬉しくてたまらない」と語っているようでした。その姿に、私は大きな衝撃を受けたのです。
恵まれない環境を嘆く様子など、そこには微塵もありませんでした。むしろ、与えられたわずかな機会を一つも無駄にすまいとする、まっすぐで力強い意志がありました。
学ぶことは、当たり前ではない
学ぶということは、決して当たり前ではない。
その当たり前すぎる事実を、私はこのとき、全身で思い知らされました。
日本に生まれ育った私たちにとって、学校に通い、教科書を開き、読み書きを覚えることは、あまりにも自然なことです。冷暖房の効いた教室で、整った机と椅子に座り、十分な教材に囲まれて学ぶ。それを私たちは、空気のように当然のものとして受け取っています。

しかし世界には、その「当たり前」を手に入れるために、屋根のない教室で、四十度の暑さに耐えながら学んでいる子どもたちがいる。
同じ時代を生きる子どもたちのあいだに、これほどまでの隔たりがある。その現実を目の当たりにして、私は彼らを応援せずにはいられませんでした。
頭で理解する社会貢献ではなく、心が突き動かされる支援。理屈ではなく、ただ「この子たちの力になりたい」という抑えがたい思い。私は帰国を待つことなく、その場でこの学校へ寄付をすることを決意しました。
努力が報われる国に生まれて
帰路につきながら、私は改めて、自分が生まれ育った日本という国について考えていました。
日本は、努力さえすれば、誰もが何にでもなれる国です。どのような家庭に生まれても、学ぶ意志と努力を惜しまなければ、道は必ず開かれていく。
生まれた環境が、人生の天井を決めてしまうことはない。これは世界的に見れば、決して当たり前のことではありません。
私自身、投資家として、また投資を学ぶ多くの方々に教える立場として歩んでこられたのも、努力した者が報われるという、この国の確かな土壌があったからこそだと、しみじみ感じています。
学ぶ機会が等しく開かれ、努力がきちんと実を結ぶ。その仕組みのありがたさを、私たちは普段、ほとんど意識することなく生きています。
福沢諭吉は、その著『学問のすゝめ』の冒頭で、こう記しました。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり」
人は生まれながらにして、貴賤や貧富の差があるわけではない。その違いを分けるのは、学ぶか学ばないか、努力するかしないかにある──福沢はそう説きました。生まれによって人の価値が決まるのではなく、学びによって自らの人生を切り拓いていけるのだという、力強い宣言です。
また、司馬遼太郎は『坂の上の雲』のなかで、明治という時代の輝きを、次のように描いています。

「社会のどういう階層の,どういう家の子でも,ある一定の資格をとるために必要な記憶力と根気さえあれば,博士にも,官吏にも,軍人にも,教師にも成り得た。この時代の明るさは,こういう楽天主義から来ている。」
生まれや家柄ではなく、本人の記憶力と根気、すなわち努力次第で、誰もが望む道を歩むことができる。その希望に満ちた明るさこそが、近代日本を支え、押し上げてきた原動力だったのだと、私は思います。そしてその明るさは、形を変えながら、今日の日本にも確かに受け継がれているはずです。
分かち合っていきたい
インドの炎天下で出会った子どもたちの姿と、福沢や司馬が遺した言葉が、私のなかで一つに重なりました。
努力が報われる社会に生まれ落ちたことは、決して当然のことではなく、本当にありがたいことなのだ。そんな感謝の念が、心の底から湧き上がってきたのです。

私が今日まで挑戦を続け、自らの道を歩んでこられたのは、努力すれば報われるという土壌があったからにほかなりません。
ならば、その恵まれた環境のなかで得たものを、まだ「努力が報われる土壌」を十分に手にできていない子どもたちへと、少しでも分かち合っていきたい。インドで芽生えたこの思いは、いまも私のなかで静かに、けれど確かに燃え続けています。
私たち株式会社クラウドマーケティングは、これからもこうした活動を、社会貢献のひとつの形として大切に続けてまいります。
一人でも多くの子どもが、生まれた環境にかかわらず、学び、努力し、自らの手で未来を切り拓いていけるように。
あの屋根のない教室で学んでいた子どもたちの、輝くまなざしのように。微力ではありますが、その背中をそっと後押しできる企業であり続けたいと、私は心から願っています。
株式会社クラウドマーケティング
代表取締役 福士 健太郎